行きつ戻りつ
当初、まだ身の置きどころがないような気持ちでいた頃
電話相談をしたことがある。
確か「自責の念に押し潰されそうで、どうしていいか分からない。
この苦しさから何とかして逃れたい。どうしたら早くここから
抜け出せるのか」というような話をしたと思う。
その時言って頂いた言葉を、今でもはっきりと覚えている。
「行きつ戻りつですよ」と。
今それを身をもって実感している。
人が口にする些細な一言に傷つき、また癒されもする。
自死や生と死に関連する本を読んで、知らなかった事が書かれていれば
あの時これを知っていればと後悔もし、仕方なかったと自分を納得させる
ような文章に出会うこともある。
インターネットのニュース欄に、心の病気の新しい情報が掲載されていれば
医学は日進月歩で進んでいるのだと思い知らされ、息子がいる頃はまだ無かった
のにと落胆する。
といった具合に。
以前より幾分、動揺の幅はせまくなったような気はするけれど
毎日毎日、自分を納得させたり後悔したりを繰り返しながら
澱んだ川のように日は過ぎてゆく。
それでもまだ、思いがけず大きな後悔に囚われて深く落ち込むことがある。
そんな時「行きつ戻りつですよ」という言葉を感謝と共に思い出す。
そして、急ぐことはないよ、少しずつだからね、と自分に言い聞かせる。
だって心は、エスカレーターのように規則正しく上がってはいかないのだから。
自分でも儘ならないのが息子を想う心なのだから。
ショウくん、お母さんの「行きつ戻りつ」はまだ当分続きそうだよ。
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