諦めきれない想い
「人間にとって最も大切なのは、
命の長さだと思っている人は多い、
しかし、私が出会った人をふり返ってみて、
その人の命が素晴らしい命だと
思える人においては、
ごく少数の例外はあるにせよ、
命の長さはあまり問題ではない」
日野原重明 名言集より
息子の生きた23年間も、母親の私にとっては素晴らしい命だった。
息子なりに懸命に生きたと思う。
23年間とひとことで言っても、日々を送り年月を経て、
様々な経験をし成長してきたのだから。
しかし、一方で
なにも、素晴らしい命でなくてもいい。
生きていてほしかったというのが本音だ。
素晴らしい命だけが命ではない。命は皆同じ重さではないかと
悪態をつく自分がいる。
息子の現在を考えるときも、
自死を選んだのは、私を含むこの世すべてが
辛く苦しく耐えられなかったのだ。
今は天国で穏やかに過ごしているだろう。
この寂しさ切なさを抱えて生きていくのが
息子に対する私の贖いなのだ。
と、思うと同時に、
どんな形であれ生きていてほしかった。
心の病を抱えていたとはいえ、いずれ治癒したのではないか。
そうすれば、いずれごく普通の日常を送れたかもしれないのに
とも思ってしまうのだ。
息子に関する一つの問いに対して、全く正反対の、
二つの答えが私の頭の中に浮かんでくる。
何故そうなるのかは分かっている。
どうしても諦めきれないのだ。
疲れる。自分が嫌になる。
しかし、このような考え方からはまだ当分抜け出せそうにない。
まとまらない思考に折り合いをつけて生きていける日が、いつかくるのだろうか。
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